天声人語 一覧

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25 2023-10-15 尾身氏の1100日 もしも、この人がいなかったら、どうなっていただろうか。巨大な不条理に誰もが翻弄(ほんろう)されたコロナ禍は、より悲惨なものになっていただろうか。あるいは逆だろうか。尾身茂氏の著書『1100日間の葛藤』を読み、どうしてもそんな想像をしてしまった▼8月に一線を退いたコロナ対策のキーパーソンが、危機の3年半を振り返った「自己検証」の本である。「ルビコン川を渡る」つもりで、政府が嫌う提言もしたと記している。恐れたのは目の前の批判や軋轢(あつれき)ではなく、「歴史の審判」だったそうだ▼もちろん譲歩もあった。例えば「呼気による感染の可能性」は、政府の要請で削除した。提言として公表すれば「一般市民に不要な恐怖感を与えかねない」というのが政府の考えだった▼削除は正しかったのか。専門家と政府の考えが異なる場合、国民にそのまま相違を知らせるべきだ、と尾身氏は書く。都合の悪い話を公表しなければ、国民は政府を信用しなくなると。だが、実際には、妥協点の模索が繰り返された▼かつてアインシュタインは原爆の開発を進言した。ところが、原爆が広島、長崎に落とされた後は考えを改め、反核を訴えた。科学者は間違える。政府も間違える。あらゆる無謬(むびゅう)性の否定から、科学的な思考は始まるのだろう▼「今後さまざまな立場の人による多角的な検証を待ちたい」と同書は結ばれている。いつか、パンデミックはまた起きる。政治の側からも「歴史の審判」に堪えうる証言を期待したい。 3 詳細 編集
24 2023-10-14 棋士も人間だった 「極端に言えば、将棋は『終盤で相手に一回間違えさせたら自分の勝ち』」。棋士の杉本昌隆さんが、自著『悔しがる力』で将棋の面白さをそう書いている。一昨日の王座戦第4局は、まさにそんな激戦だった。藤井聡太さんが永瀬拓矢さんに勝ち、八冠を達成した▼最終盤では双方が、一手60秒未満で指す「1分将棋」に突入した。どちらが完璧に読み切れるか。どちらかが間違えるのか。息詰まる緊張のなか、123手目を指した永瀬さんが突然、頭をかきむしった。ため息をつき、天を仰いだ▼明らかにミスをしたとわかるしぐさに、驚いた。血の気が引いたか、悔しさが出たのだろうか。藤井さんは表情を変えず、盤上を見つめたままだ。直前まで優勢でも一手で変わる。将棋の怖さを見た思いがした▼無表情で隠し通す人もいる。谷川浩司さんは40年前、初めて名人位を得た対局で「おやつとして出ていたイチゴにフォークを刺した瞬間」にミスをしたことに気づいたという。「何食わぬ顔でイチゴを口に入れたが、まったく味はしなかった」(『藤井聡太論』)▼今回の対局にこれほど引きつけられたのは、棋士の魅力によるところが大きい。どんなにAI技術が進歩しても、全力で対峙(たいじ)する人間のようには、見る者の心は打てない▼トップ棋士たちも間違い、落ち込むのだ。5連覇を目前にした永瀬さんの重圧はいかほどだったか。そして、あの指し手の応酬を乗り切った挑戦者の心技体の充実ぶり。恐るべき21歳である。 3 詳細 編集
23 2023-10-07 命がけで届ける声 道路の真ん中で、たった2人の女子生徒が抗議に立つ。「本と教師がほしい」と叫ぶと、幸福感に満たされていった――。『わたしのペンは鳥の翼』は、アフガニスタンの女性18人による短編集だ。そのひとつ「花」は、2年前に実際に起きたテロ事件を題材としている▼主人公は、周囲が決めた結婚で学校へ行けなくなった高校生だ。「あきらめるな」と励まし、共に抗議もした進歩的な親友は、学校を狙った爆弾テロで死んでしまう。その夜、彼女は「学校に戻る」と宣言する。母親は当惑するが、父親は「娘よ、学校へ行って、自分の思うように生きろ」と告げる▼英国の団体が企画、出版した同著には、普通の本なら末尾にある「作者紹介」がない。身元がわかると危険なためで、匿名で書いた人もいる▼今年のノーベル平和賞が、イランのナルゲス・モハンマディさんに決まった。女性の人権活動家として声をあげ続け、いまもテヘランの刑務所に収監されている。「私たちは決して引き下がらない」との訴えが、胸に刺さる▼ノルウェー・ノーベル委員会の委員長は、発表の冒頭で「女性、命、自由」と述べた。「人口の半分にあたる女性」を尊重できないことは、世界的な問題なのだとも。イランでは昨年から、女性の人権拡大などを訴える抗議デモが拡大した▼家父長制や社会の抑圧で苦悩する女性たちは、世界各地にいる。物語をつむぐこと、声をあげることが、命がけの国もあるのだ。私たちは、忘れてはいけない。 2 詳細 編集
22 2023-10-06 アトの世界、ナノの世界 仏教はときに、とてつもない時間のものさしを持ち出して教えを説く。40里四方の大きな石があった。そこへ100年に1度天人がやってきて、薄い衣でひとなですると去っていく。石が消えるまで、その摩擦を繰り返しても終わらぬ時間を「劫(こう)」と呼ぶ▼仏の教えに従って悟りを開けば、未来「永劫(えいごう)」の安楽を得られる、という時の長さにはため息が出る。あまりの長さに嫌気がさすと「億劫(おっくう)」になる▼短い方で知られる単位は「刹那(せつな)」だろうか。曹洞宗の開祖・道元は、トイレで用を足す前には指を3度鳴らせと『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』に書いている。弾指という。一説によれば、音の鳴る瞬間をさらに65等分したのが1刹那だという▼見たこともない世界をとらえようとする人間の想像力には驚くばかりだ。だが、それを目に見えるようにした技術力には、さらに驚く。今年のノーベル物理学賞は、分子や原子内の「アト秒」単位の変化をとらえることに貢献した3人に贈られることになった▼100京分の1秒の世界のことだと言われても、縁なき衆生には理解しがたし。ぼうぜんとしていたら、化学賞は「ナノメートル」単位の粒子をつくる道を開いた3人へ決まった。ナノは10億分の1。こちらは、やや耳になじみがある▼どちらも、がんの診断や次世代の太陽電池などに役立つとされているが、あまり現世的に考えすぎるのもかえって夢がなかろう。どこまでも小さい世界。どこまでも先の未来。追い求めることに人間の本性はある。 3 詳細 編集
21 2023-10-05 江戸時代の犯罪記録 時代は江戸、寛政9年というから西暦では1797年のことである。南部家が藩主の盛岡の地で、大量の公文書が掃除係によって盗まれるという事件が起きていた。藩の調べによると、犯行は密(ひそ)かに9年に及び、8千枚もの重要書類が持ち出されていたという▼目的は何か。いまなら真っ先に機密漏洩(ろうえい)が疑われるところだが、掃除係が売ったのは情報ではなかった。紙の価値が高い時代である。書類は古紙として、ロウソク屋や表具師に売られていた▼盛岡市のもりおか歴史文化館で、企画展「罪と罰」が開かれている。同館が所蔵する江戸時代の200年分の資料から、犯罪に関する39の記録が紹介されている。殺人や誘拐のほか、武士の泥酔騒動や門番の居眠り事件などもあり、何とも興味深い▼資料を読み込んだ学芸員の福島茜(あかね)さんに尋ねてみた。なぜ、こうした犯罪が書き残されたのでしょう。「当時はいま以上に前例主義の社会でした。過去の事例をよく調べる必要があったのでは」▼改めて、記録を残すことの意味を考える。遠い未来の人々が、私たちの時代の文書を見るとき、彼らは何を思うだろう。そもそも大事な記録が廃棄されず、しっかり残っているだろうか▼冒頭の事件で、掃除係は「打ち首獄門」になった。盗まれた書類はおそらくロウソクの芯にでもなり、永遠に失われた。「盗まれなければ、いまごろここにあったかも。何の書類だったかさえ分からないのが、悔しいです」。福島さんは、そう話している。 3 詳細 編集
20 2023-10-04 その後のトットちゃんU 校長先生は言った。「さあ、なんでも先生に話してごらん。話したいこと、ぜんぶ」。女の子は話した。いま乗ってきた電車が速かったこと。前の小学校にツバメの巣があること。いつまでも鼻をズルズルやっていると、ママにしかられるから、なるべく早くかむこと▼黒柳徹子さんの『窓ぎわのトットちゃん』は、読む人をやさしい気持ちにさせる名作だ。なかでもトモエ学園の小林宗作(そうさく)校長が、前の小学校を退学になったばかりのトットちゃんの話を、熱心に4時間にわたって聞き続ける場面が何ともいい▼「君は、ほんとうは、いい子なんだよ」。校長先生はトラブルを起こす彼女にくり返した。もしもその励ましがなかったら、「私はどんなことになっていたか」。黒柳さんは感謝を込め、振り返っている▼空前のベストセラーから42年という長い年月を経て、『続 窓ぎわのトットちゃん』が出版された。トモエ学園が空襲で焼け、青森に疎開していくトットちゃんと家族の「その後」である。思い出したくない戦争の記憶だが、ウクライナ侵攻を機に執筆したという▼一気に読んで、またしても涙してしまった。トットちゃんは相変わらず、ちょっと困った子だ。でも、多くのやさしさが彼女を包み込む。ヘンじゃないよ。そのままで「だいじょうぶ」と。暗い時代の話なのに、どこか温かな気持ちになる。なぜだろう▼「まあ、読んでいただければと思います」。黒柳さんはきのうの記者会見で、そう言った。あの笑顔で。 2 詳細 編集
19 2023-10-03 カリコ氏を励ました1冊 君はいいかげん年をとる前に自分が馬鹿なことをしているのに気がつくべきなんだよ――。生理学者のハンス・セリエ氏は若いころ、自らの研究について先輩学者から厳しく言われたことがあったという▼さぞ屈辱だったに違いない。後にストレス学の大家となったセリエ氏は、自著『生命とストレス』で若手研究者らを強く励ましている。たとえ何年も成果がでなくても、諦めてはいけない。自分を信じろ。新たな発見に必要なのは「長く味気のない期間にたえる楽天性と自信なのです」▼その本を高校時代に夢中になって読んだ少女が、新型コロナのワクチン開発で、ノーベル賞に選ばれた。「自分ができることに集中すること。他人がしていることや他人がするべきことを気にして時間の無駄遣いをするな」。カタリン・カリコ氏(68)は、セリエ氏の本にそう学んだと語っている(大野和基〈かずもと〉編『コロナ後の未来』)▼実際に、彼女の成功への道は苦難に満ちたものだった。大学の上司には「社会的に意義のある研究とは認めがたい」と言われ、降格の憂き目にもあった。悔しい思いを幾つも重ねたのだろう▼もしも、そこで彼女が諦めていたら、数百万人の命を救ったとされるワクチンはできていなかった。科学の進歩は常に、多様で自由な発想から生まれる▼いまこの瞬間も、あすの成功をどこかで夢見ながら、結果の出ない研究に悩んでいる若き科学者たちがいるのを想像する。カリコ氏の栄誉が彼らの励みにも、なるといい。 1 詳細 編集
18 2023-10-01 コーヒーと人生 イタリアにいる40年来の友人から、近況を伝えるメールが来た。コロナ禍の最中に両親を相次いで看取(みと)り、夏に子どもが結婚して夫婦2人になった。仕事に追われてしばらくは寂しいと感じなかったが、コンロに新品の小さなマキネッタを置いたときに涙が出たそうだ▼マキネッタは、イタリアの家庭にはほぼ必ずある直火型のコーヒーメーカーだ。三つのパートに分かれていて一番下に水を入れ、その上のフィルターにひいた豆を詰めて火にかける。沸騰するとゴボゴボと音がして上部にコーヒーがたまる仕組みだ▼多様なデザインがあるなかで、一番有名なのは「ひげおじさん」のロゴ付きの製品だ。八角形のアルミ製で大小のサイズがある。長く愛用した6杯用から3杯用に買い替えた友人に、家族が小さくなった寂しさを思う▼「発明」されたのは90年前だ。世界恐慌は、ファシスト政権のイタリアも直撃した。洗濯用の蒸気ボイラーに着想を得たビアレッティという男性が、「家庭で安価に喫茶店のような味を」と売り出した▼戦後は息子が後を継ぎ、CM効果もあって一気に普及した。国内外で2億個以上が売れて、ニューヨーク近代美術館の永久収蔵品にも選ばれた。7年前に亡くなった息子の遺灰は大きなマキネッタに納められた▼きょうは国際コーヒーの日。コロナでコーヒーも家飲みが増え、素朴な機能で出るごみが少ないマキネッタはエコだと再注目されている。我が家にある10年物で久しぶりにいれてみようか。 1 詳細 編集
17 2023-09-25 栗拾いボランティア 栗拾いのボランティアを募集しています。栗林の持ち主たちの高齢化や人手不足で収穫が難しくなっています。1組2キロまでは、どうぞ無料で持ち帰ってください――。そんな取り組みがあると聞き、山と海に囲まれた佐賀県の伊万里市を訪ねた▼「来た人はみんな喜んでくれて。ありがとうって言われるのはいいですね」。発案者で、同市黒川町まちづくり運営協議会の石丸利太(とした)さん(73)は日に焼けた顔をほころばせ、うれしそうに言った▼ボランティア募集の反響は予想以上に大きかったという。毎日数組を受け入れ、栗拾いをしているが、希望者が多すぎて、すでに予約は満杯だそうだ。募集はもう締め切った▼昨年、管理を任された木は約30本だった。石丸さんは自分らで収穫し、高齢者施設などに配った。だが、今年は「面倒を見てくれ」と所有者に頼まれた木が約140本に増え、手が足りなくなった。「フードロス削減と、多くの人に栗拾いを経験してもらおうと思いました」▼案内してもらい、栗林を歩いた。緑色の毬栗(いがぐり)が風に揺れ、地面にも棘(とげ)いっぱいの毬(いが)がいくつも転がっている。いまや各地で似たように、人の手が入らなくなる土地がたくさんあるのだろう。そんな想像をすると、何だか複雑な気持ちになった▼毬栗を一ついただき、持ち帰った。毬の裂け目から、ツヤツヤとした三つの栗の実が、くっと顔を出している。まるで秋の訪れを無言で主張するかのように。〈初栗に山上の香もすこしほど〉飯田蛇笏(だこつ)。 1 詳細 編集
16 2023-09-24 便利とは何だろう? 『ドラえもん』に出てくるセワシくんは、のび太の子孫である。彼は22世紀の世界に暮らしているが、あまり幸福そうには見えない。未来人たちには便利な道具がたくさんあるのに、現代人と同様に、ときに空虚な笑いを浮かべ、妙に言葉にとげがある。なぜだろう▼ひとは便利な道具だけでは幸せになれない。のび太を幸福にするものは、どこでもドアとかタケコプターではなく、ドラえもんとの友情なのだ。人気漫画はそんなことを教えてくれていると、ずっと思ってきた▼でも、最近は別の疑問も感じている。科学の進歩で、ドラえもんの道具に近いものが次々と現実になりつつある時代、便利の意味がよく分からなくなってきたからだ。何でもスマホで手続きするのが、本当に便利なのか。そもそも便利って何なの?▼アイフォーンの新機種「15」が発売された。新しい機能が満載らしい。楽しみだという人も多いようだが、私の気持ちはワクワクにはほど遠い。スマホも家電も車も、頻繁に買い替えを迫られる。もう十分だと思ってしまう▼いまあるものを修理し、使い続けるのが、どうしてこんなに難しいのだろう。「古くならぬことが新しいのじゃないですかね」。昭和の映画監督、小津安二郎の名言を思い出した▼変わる大切さとともに、昨日と同じように今日があることの尊さをかみしめる。私たちはもう立ち止まれないのか。もしもそう問えば、ドラえもんは何と答えるだろう。どんな道具を、出してくれるだろう。 2 詳細 編集